大学病院での「栄養管理」の取り組み
東北大学病院 栄養管理室 様
おひさま通信NEW09
- 医療
東北大学病院(仙台市青葉区星陵町1-1[病床数:1207床])は、日本の大学病院の中では最も長い歴史を持ち、厚生労働省より、国際水準の臨床研究等の中心的役割を担う国内の「臨床研究中核病院」に指定されております。
同病院の栄養管理室では、「患者さんひとりひとりに目をむけた、やさしさの伝わる栄養管理を目指します」という理念の下、個々の患者さんの性別や年齢・状態に合わせた食事を提供するだけでなく、行事食や特別メニュー等を取り入れ、患者さんのQOL向上や、退院後の食生活改善にもつながるようなサポートに注力されております。
今回は栄養管理室室長の岡本智子先生に、大学病院での栄養管理の取り組みや、非常食の考え方、コーチ資格を活用した栄養指導についてお話を伺いました。

栄養管理室 室長 岡本 智子先生
●管理栄養士
● NST専門療法士
● 病態栄養認定管理栄養士
● 糖尿病療養指導士
● 国際コーチ連盟(ICF)(Associate Certified Coach(ACC))アソシエイト認定コーチ
●(一財)生涯学習開発財団認定 プロフェッショナルコーチ
●コーチ協会認定メディカルコーチ
●メンタルコーチ1級・心理セラピスト1級
●日本栄養士会 理事
東日本大震災を経験して
~非常食の考え方~
当院は東日本大震災(以下、3.11)以前から、ふたたび起きるといわれていた宮城県沖地震に備え病棟師長と相談し、それぞれの病棟の疾患に合わせた内容の非常食を各病棟に配備しておりました。
当時は、非常食はあくまでも“通常の食事以外の特別な食事”ととらえており、長期保存可能な乾パンなどが中心でした。
しかし、3.11は想定以上の大地震で通常の食事に戻るまでに約1カ月もかかり、非常食に対する考え方が“特別な食事”から“通常の食事に戻る途中の食事”へと変わりました。
食物繊維不足と「便秘」の深刻化
3.11では野菜を中心とした生鮮食料品摂取の摂取減少に伴う食物繊維不足、また非常時体制の長期
化による心的ストレスで「便秘」になる患者様も多くいらっしゃいました。
そこで当院では料理に混ぜる粉末タイプのビタミン・ミネラル製品や、水溶性食物繊維製品(グアーガム分解物:以下PHGG)を使用しました。粉末状なので、おかゆなどの料理にも混ぜて使いやすく、かさばらずに常温で保存がきくため非常時にはとても役に立ちました。
非常食の考え方として重要なことは、長期化に備えることだと思います。支援物資は炭水化物が中心となるため、事前にたんぱく源、脂質に加えてビタミン、ミネラル、食物繊維も含めた非常食を準備することが大切です。
当院では3.11以降、非常食を特別なものととらえるのではなく、日常的に利用できるような仕組み(ローリングストック)を取り入れました。
粉末状のPHGG製品等は在庫を一定量決めて日常的に使い、保存がきくパン缶やウィンナーと野菜入りのスープ缶などといったものは半年~一年に一回非常食を活用したリメイク献立を提供するなど、無駄なく効率的に非常食を管理しています。
患者様ひとりひとりに目を向けた、 やさしさの伝わる栄養管理を目指す
当院では、患者さんの栄養改善を図ることを目的に栄養管理システムフローにそった栄養状態の評価を行い、個々の患者さんの性別や年齢はもちろん、患者さんの状態(摂取能力・症状・病態)に合わせた食事を提供しています。
例えば、たんぱく質の強化が必要な方が、治療の影響で魚がどうしても食べられない場合などは、その代替アイテムとして、肉の料理を用意します。肉も難しいのであれば、卵のメニュー、と「魚→肉→卵→大豆…」といったように、その患者さんにとって必要な栄養をできるかぎりとるようサポートすることを通し、患者さんのQOL向上や栄養状態低下の予防、退院後の食生活の改善にもつながるよう努めております

腸管メンテナンスに “グアーガム分解物”の活用
当院にはさまざまな要因から、腸内環境に課題を抱えている患者さんが多くいらっしゃいます。
腸内環境を整える栄養管理の一つとして、お食事とともに提供しているものが、水溶性食物繊維(グアーガム分解物:PHGG)です。
経管栄養に伴う下痢だけでなく、たとえば胃切除後や食道がん術後、慢性呼吸不全(COPD等)、短腸症候群など、一度の食事の許容量が少ない患者さんにも料理やお茶に混ぜて提供します。
活用例①
一度の食事量が少ない方へ 〜呼吸不全のいきみ低減〜
例えば呼吸不全の患者さんにとって、排便時のいきみが呼吸苦を招くことがあります。かといって、便秘改善のためにむやみに野菜を多く摂ることは咀嚼による疲労や呼吸苦につながり、また食事量に限りがあるため薦められません。少量の食事量であっても簡単に食物繊維を補えるPHGGを献立の一部に使用することによって、排便時のいきみを低減し、気持ちの良い排便をサポートできます。
活用例②
人工肛門造設の方へ 〜軟便対策〜
ストーマ(人工肛門造設)の患者さんがおりましたが、イレウス予防に下剤を服用されていました。便がゆるいことが気がかりで、思うように食事がすすみませんでした。
そのような患者さんへ便性の改善をはかるため飲み物にPHGGを溶かして服用することを提案したところ、徐々に便がまとまり始め、日常生活も支障なく送ることができるようになりました。
活用例③
食道がん手術後 〜経管栄養の方へ〜
食道がん手術後の患者さんは食べられる量が限られており、本来であれば1600キロカロリー以上必要な方でも、小胃症状で摂取量が1000キロカロリーにも満たないという方も多くいらっしゃいます。腸ろうから経腸栄養剤を投与して栄養量を確保しますが、食べる量も少ないため、どうしてもいい排便は期待できないようでした。その中でも野菜の摂取が難しい方には便秘対策として食物繊維サプリメントを提案することもあります。
ある患者さんに食事対応の一部としてPHGGを使用したところ、「何ヶ月かぶりにほんとに立派な便が出た!」と患者さんが感動される場面もありました。
栄養補助食品は単に商品を紹介するのではなく、患者さんの栄養摂取量と栄養状態に応じ、日常の食事で取り入れやすい方法でおすすめします。
患者さんの主体性を高める栄養指導
外来栄養指導にあたっては、自宅での食事内容を3日間記録して、外来日の10日前までに郵送していただいています。
医師の診療前に栄養相談室にきていただき、InBody®で体重、骨格筋量、体脂肪、体脂肪率を測定し、体組成を評価したものと合わせて、事前に送っていただいた食事記録を定量化・ビジュアル化したものを患者さんとともに振り返ることは、患者さん自身に気づきをもたらします。
この気づきにより次にどうするかを一緒に考え、改善方法を提案したりリクエストすることを通して患者さん自身ができることをみつけるサポートを行います。
栄養指導のゴールは、患者さんが主体的にとりくみ、ご自身の食事を適正な状態に自身でコントロールできるようになることです。私たちは患者さんを栄養食事面でサポートできるよう心がけております。

上:食事記録表
下左:お弁当を例にした適正な食事例
下右:InBody( 体成成分分析装置)
地域に向けた活動
2017年10月8日に開催された公益社団法人 宮城県栄養士会主催の第14回いい日・いい汗・栄養まつりに当
院の管理栄養士も参加し、「体験しよう!あなたの食物繊維足りていますか?野菜の計量体験上手な野菜の活用法!」と題したコーナーを担当しました。
来場者の方に普段食べている野菜はどのくらいなのか、器にサラダを取り分けて計測確認いただきました。
その量を見ていただいた上で“適正な一日の摂取量”をお伝えすると、「野菜はいっぱい食べているつもりだったけど足りていないのね~」や「野菜を測ってみることってないから自分がどのくらい食べているか初めてわかったわ~」と実に色々な反応が返ってきました。
それでも普段の食事で野菜が摂りにくい方には野菜ジュースや、PHGGのサプリメントをおすすめしました。
PHGGのサプリメントは粉状で普段の食事を変えずに食物繊維を十分に摂ることができるので、食事の用意は奥様におまかせ、という男性の方にもご自身で簡単に取り入れられる方法だと思います。

メディカルコーチング
私は、コーチ資格を活用して、院内の医師・看護師・メディカルスタッフへのコーチングや、診療技術部門のリーダーシップ育成研修講師等を行っております。
コーチングとは相手の目標達成のために行うものですが、ひとことで言うと双方向の対話を通して、相手のもっているリソースを活かしながら相手自身が考え、自ら行動が起こせるよう関わることです。
私は、コーチングスキルを活かして、当院の職員の健康指導管理も行っております。仕事を意欲的に行っていくための健康管理は大切です。
また、栄養指導を初めて受ける患者さんの中には「あれは食べちゃダメ、これもダメ」と言われるかと思ったと話される患者さんも少なくありません。
私たちは、ひとりひとりの患者さんからお話をよく伺い、まずは「どうなりたいのか」の思いを聴き取ります。
その思いを共有したうえで、どうしたらその状態に近づくことができるか、一緒に歩みながら患者さんに必要な知識やスキルを備えていきます。ひとつひとつできていくことで、安心していただくことを目指しております。
様々な不安を抱える患者さんが多い中で、栄養指導を通じて、疾患に対する不安を少しでも軽減できればと思っております。

仙台市保健所より 「食育推進表彰」を受賞
岡本先生は2018年1月に仙台市保健所より、地域における食育推進に精励し、仙台市における公衆衛生の進展に大いに貢献した者として仙台市保健所公衆衛生関係功労者「食育推進表彰」を受賞されました。
地域の発展にますますのご活躍を祈念しております。

受賞した岡本室長